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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)4598号 判決

原告 浅井秀太郎 外二名

被告 佐藤工業株式会社 外一名

主文

被告等は各自、

原告浅井秀太郎に対し、金四二万円及びこれに対する昭和二八年五月一六日から完済まで年六分の金員を、

原告小西文典に対し、金一〇〇万円及び内金五〇万円に対する昭和二八年五月九日から、残金五〇万円に対する同月一六日から各完済まで年六分の金員を、

原告中谷熊市に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和二八年五月二六日から完済まで年六分の金員を、

それぞれ支払うべし。

訴訟費用は五分し、その三を被告佐藤工業株式会社の、その余は被告富士工業株式会社の各負担とする。

この判決は被告佐藤工業株式会社に対し、原告浅井秀太郎において金一二五、〇〇〇円を、原告小西文典において金三〇万円を、原告中谷熊市において金一五万円を担保に供し、被告富士工業株式会社に対し無担保で、それぞれ仮りに執行することができる。

事実

原告等は、被告佐藤工業株式会社(以下被告佐藤工業と略称する)に対する第一次の請求及び被告富士工業株式会社(以下被告富士工業と略称する)に対する請求として主文第一項と同旨、被告佐藤工業に対する第二次の請求として「被告佐藤工業は、原告浅井に対し金三九三、五八二円及びこれに対する昭和二八年五月一六日から、原告小西に対し金九四〇、〇〇〇円及び内金四六九、六〇〇円に対する同月九日から、残金四七〇、四〇〇円に対する同月一六日から、原告中谷に対し金四六八、〇〇〇円及びこれに対する同月二六日から、それぞれ完済まで年五分の会員を支払うべし。」、被告両名に対し「訴訟費用は被告等の負担とする。」との各判決並びに各請求について仮執行の宣言を求め、被告佐藤工業に対する第一次の請求の原因及び被告富士工業に対する請求の原因として、

原告浅井は訴外高橋庄八から左記(1) の、原告小西は訴外松田万次郎から(2) 及び被告富士工業から(3) の、原告中谷は同被告から(4) の、いずれも振出人を被告佐藤工業大阪支店、受取人及び第一裏書人を被告富士工業とする各約束手形の裏書譲渡を受け、現にその正当な所持人である。なお、被告富士工業はいずれの手形についても拒絶証書作成の義務を免除して裏書をなしたものである。

(1)  金額四二万円、振出日昭和二八年四月八日、満期同年五月一五日、振出地支払地とも大阪市、支払場所株式会社北陸銀行大阪支店、第二裏書人高橋庄八

(2)  金額五〇万円、振出日昭和二八年三月三一日、満期同年五月八日、第二裏書人松田万次郎、その他の手形要件(1) に同じ

(3)  金額五〇万円、裏書人を除き他の手形要件(1) に同じ

(4)  金額五〇万円、振出日昭和二八年四月一五日、満期同年五月二五日、裏書人を除き他の手形要件(1) に同じ

そこで原告はその所持する各約束手形の満期にそれぞれ適法な支払呈示をしたが、いずれも支払を拒絶された。よつて振出人たる被告佐藤工業及び裏書人たる被告富士工業に対し、主文第一項記載のとおり、原告浅井は右(1) の、同小西は(2) 、(3) の、同中谷は(4) の各手形金とそれぞれこれに対する各手形の満期の翌月から完済まで手形法所定の年六分の利息を、被告両名合同して支払うことを求める。

と述べ、被告佐藤工業の主張に対し、

仮りに本件各手形が振出権限のない訴外荒川正之の作成にかかるものであるとしても、右荒川は当時被告佐藤工業大阪支店の経理係員であつて、経理会計の事務全般を担当し、同人の責任において金庫の管理及び手形作成に要する同支店長印等の保管をなし、同支店が手形の振出を必要とするときは、荒川において支店長等上司の決裁を得て手形を作成交付するとともに、それに伴う当座預金の出納についても管掌する等の広汎な権限を与えられていたものであるから、荒川の本件各手形の振出行為はいずれも同人の右権限を超えてなされたものとみるべきである。そして原告等は本件各手形を取得するにあたり、右大阪支店に赴き、同支店の経理係員に右の各手形を提示してその振出の真否を問合せ、右係員によつて同支店振出の正当な手形である旨の確認を受けていたものであり、また右の各手形と同種類似の手形が真正なものとして、その頃市中において円滑に決済されていたから、原告等は本件各手形が権限を有する者によつて振出されたものと信じてこれを取得し、かつ原告等がこのように信じたことについて右のとおり正当の事由があつた。よつて被告佐藤工業は原告等に対し、民法一一〇条にもとずき表見代理人たる荒川が作成した本件各手形の振出人としての責任を負うべきである。

と述べ、被告佐藤工業に対する第二次の請求原因として、

仮りに本件各手形が右荒川により偽造されたもので、被告佐藤工業に手形上の責任がないとしても、荒川の前記職務の内容からみると、同人の各手形の作成行為は同被告の事業の執行の範囲内でなされたものというべく、原告等は荒川の偽造行為によりその各手形金の支払を受けえずして損害を蒙つたから、被告佐藤工業は荒川の使用者として、民法七一五条にもとずき原告等の損害を賠償すべき義務がある。

そして右損害額は原告等が本件各手形の取得にあたり出捐した割引金員の相当額というべきところ、原告浅井は前記(1) の手形を日歩一六銭ないし一七銭の割引率で、原告小西は(2) 及び(3) の各手形を、原告中谷は(4) の手形をそれぞれ日歩一五銭ないし一六銭の割引率で買受けたから、仮りに各原告が振出日に遡つて手形を取得したものとし、かつ原告浅井の割引率を日歩一七銭、他の原告等の割引率を日歩一六銭として計算するとしても、右基準によつて算出しうる最小限の割引金額は、原告浅井について(1) の手形の取得日から満期まで三七日分で三九三、五八二円、原告小西について前と同様(2) の手形三八日分で四六九、六〇〇円及び(3) の手形三七日分で四七〇、四〇〇円合計九四〇、〇〇〇円、原告中谷について前同様(4) の手形四〇日分で四六八、〇〇〇円となる。よつて原告等は被告佐藤工業に対し、第二次の請求の趣旨記載のとおり、原告等の右の各損害金及びこれに対応する各手形の満期の翌日から完済まで民法所定の年五分の遅延利息の支払を求める、と述べ、

証拠として、甲第一ないし八号証、第九号証の一ないし三を提出し、証人荒川正之、同天野篤、同喜多見幾三郎及び原告浅井本人の各尋問を求め、乙号各証の成立を認め、乙第一六号証を除くその余の乙号各証を利益に援用する、と述べた。

被告佐藤工業は「原告等の第一次、第二次の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

被告佐藤工業大阪支店が本件各手形を振出したとの原告等主張の事実は否認する。右の各手形は何ら振出権限のない訴外荒川正之外二名が偽造したものであるから、同被告に手形金の支払義務はない、と述べ

証拠として、乙第一、二号証の各一、二、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし一三、第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし八、第七、八、九号証の各一ないし四、第一〇号証の一、二、第一一ないし一六号証を提出し、証人北村平作、同宮島治男の尋問を求め、甲第一ないし四号証の手形振出部分の成立は否認(但し、振出人名下の印影が真正のものであることは認める)、同裏書部分の成立は不知、甲第九号証の一ないし三の成立も不知、その余の甲号各証の成立を認める、と述べた。

被告富士工業は「原告等の請求を棄却する。」との判決を求めた外、原告等の主張事実に対し何らの認否もなさず、また立証もしない。

理由

はじめに被告佐藤工業に対する第一次の請求について判断する。

原告等が、その主張のごとき記載のある本件各約束手形を現に所持し、被告佐藤工業において右各手形の支払を拒絶したことは、同被告の明かに争わないところであるから自白したものとみなされ、本件各手形である甲第一ないし四号証を検すると、原告等主張のとおり、形式上各原告に至る裏書の連続に欠くるところがなく、また右各号証中第三者作成にかかり真正に成立したと認めうる表面符箋の記載によれば、各手形が適法な呈示期間内に支払場所に呈示されたことが明かである。

よつて先ず、右の各手形が被告佐藤工業大阪支店の振出にかかるものであるか否かにつき検討するのに、甲第一ないし四号証の振出人欄に押捺の同支店長印の印影につき、同被告はこれを同支店長のものと認めるので、各手形の振出部分は一応真正に成立したと推定しうるけれども、右甲第一ないし四号証と成立に争のない甲第八号証及び証人荒川正之の証言によれば、右各手形は訴外荒川正之が佐藤工業大阪支店取締役支店長北村平作名義の記名印及び支店長印を使用してその各振出日欄記載のとおり昭和二八年三月ないし四月頃作成したものであることを認めることができ、証人荒川正之(その一部)、同北村平作、同宮島治男の各証言を綜合すれば、右荒川は当時被告佐藤工業大阪支店に勤務の経理係として、支店長の指示または承認にもとずき手形を作成交付する等の事務に従事していたもので、手形振出の権限はなく、本件各手形は被告富士工業の要請により、同被告に金融を得させるため独断で振出したものであることが認められ、証人荒川正之の証言中右認定に反するがごとき部分は採用せず、他に以上の認定を左右するにたる証拠はないから、本件各手形が偽造のものであるとの被告佐藤工業の主張は、これを肯認しなければならない。

そこで原告等の表見代理の主張について考えてみる。

ひろく手形の偽造といつても、被偽造者に手形外観の作出につき責むべき重大な原因があり、第三者において真正な手形と誤認して取得するに致る場合もありうるのであるから、被偽造者がいかなる場合にも手形上の責任を負わないとすることは疑問なしとしえないところであるが、他方署名ないし記名捺印の代理を手形行為の有効な代理方式として認容し、偽造たる無権限者のした署名、記名捺印の代行についても一般に代理に関する規定の適用があるとして、これにより被偽造者に対しその表見的な手形上の責任をいわば無制限に認めようとすることは、手形法が特に無権代理と偽造とを区別してその効果を規定した法意からも、これを否定しなければならない。要は取引の安全と被偽造者の保護とを具体的事案に照らして調整し、個々の事案について或は表見代理の法理を適用すべきものとし、または右適用の余地のない狭義の偽造であるとして、具体的に解決すべきものと考える。

ところで本件についてみるに、右荒川が被告佐藤工業大阪支店の経理係員として手形作成等の事務を担当し、在職中の昭和二八年三、四月頃本件各手形を振出したものであること先に認定のとおりであり、前記甲第八号証に証人荒川正之、同北村平作、同宮島治男の各証言(証人北村、同宮島の証云についてはその一部)を綜合すれば、従来右大阪支店の経理会計の事務は荒川外一、二名の者によつて担当されていたが、昭和二七年三月頃経理主任であつた訴外佐藤三郎の転任に伴い、じ来荒川が経理事務の全般にわたり執務することとなり、金銭の出納、帳簿の記入事務はもとより、金庫の管理、支店長印の保管をも託され、また手形振出に関する資金計画を立案し、手形振出を必要とすればその旨支店長に報告してその指示または承認を受け、同支店のために振出権限のある支店長に代り、手形用紙に所要事項を記入し、同支店及び支店長名義の記名印と支店長印を押捺して手形を完成し、他に交付していたもので、たまたま支店長が不在するなど差支えのあるときは、荒川が自己の裁量により金額、満期等を決定して手形を振出し、事後にその振出につき支店長の承認を得ていた事例も少くなかつたことが認められ、右の認定に反する証人北村平作、同宮島治男の各証言部分はたやすく信用しえず、他に上記認定を覆えすにたる証拠はない。

右認定の事実からすれば、荒川は支店長より手形振出の指示または承認を受け、記名捺印を代行する方式で支店名義の手形行為をなしうる権限を与えられ、また被告佐藤工業は振出に必要な支店長印等を荒川の保管に任せ、同人の恣意のまま手形を自由に作成しうる状態に放置していた事情にあつたのであるから、本件偽造については被告佐藤工業の責に帰すべき重大な過失があつたとみるべきで、以上荒川のなした無権限の記名捺印行為は前述の表見代理の法理を適用することの相当な場合にあたるとして解決すべきものと考える。

そして証人喜多見幾三郎、同荒川正之の各証言と原告浅井秀太郎本人尋問の結果を綜合すれば、原告等の本件各手形取得当時、荒川の作成した本件と同種の多数の被告富士工業に対する融通手形が右大阪支店の振出にかかる真正な手形として、市中において期日の都度有効に決済せられており、原告等は右手形決済の実情を了知の上、さらに本件各手形の振出の真否につき原告浅井が同支店に照会し、右の各手形はいずれも正当に振出された手形である旨の回等を得て、原告浅井はもちろんのこと、他の原告等も同浅井よりその旨確認し、それぞれ本件各手形を真正な手形と信じて取得したものであることが認められ、この認定を左右する証拠はなく、右認定の事実によれば、原告等が真正に振出された手形と信じたことに正当の理由があつたとみなければならない。

そうだとすると、被告佐藤工業は各原告に対し、民法一一〇条に所定のとおり、本件各手形の振出人としての責を免れえないものというべきである。もつとも、原告等は右の各手形上いずれも受取人以後の手形権利者に外ならず、また原告浅井本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告等は手形の取得当時、各手形の作成を本人の行為と信じ、荒川にかかるものとは認識していなかつたこと明かであるけれども、手形の流通保護の要請から考えれば、民法一一〇条にいう第三者とは行為者の直接の相手方のみならず、その後の手形取得者をも含むと解するを相当とし、かつその場合同条にいわゆる権限ありと信ずべき正当理由とは手形が権限ある者により真正に振出されたものと信じ、かく信ずるについて正当の理由を有したとの意味にも解すべきであるから、原告等の手形取得の態様が右のとおりであるとしても、それが被告佐藤工業の上記本件各手形上の責任を左右する事由とはなりえない。

つづいて被告富士工業に対する請求について判断するのに、原告等主張の請求原因事実は同被告において明かに争わないから、すべて自白したものとみなされ、右事実によれば被告富士工業は各原告に対し、本件各手形上の償還義務を負うべきこと明白である。

以上に説明のとおりであるから、被告佐藤工業及び同富士工業に対し、本件各手形金とこれに対する各満期の翌日から完済まで手形法所定の年六分の利息の合同支払を求める原告等の被告佐藤工業に対する第一次の請求並びに被告富士工業に対する請求は全部正当として認容することとし、被告佐藤工業に対する第二次の請求について判断を省略し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項但書後段、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩口守夫 山本久巳 池尾隆良)

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